化学工学は、化学反応や物質の変換プロセスを効率的かつ安全に実現するための学問です。
日常生活で使われるさまざまな製品の製造には、化学工学の知識が欠かせません。
本記事では、化学工学の基礎から各要素まで網羅して解説します。
化学工学の概要
化学工学は、化学的なプロセスを産業規模で効率的に実施するための工学分野です。
主な目的は、原材料を有用な製品に変換するプロセスを設計、開発、最適化することです。
あらゆる産業のベースとなる
"化学"工学という名称であることから、化学業界でしか扱わないとも思われがちです。
当初は石油精製など化学・石油化学の分野から発展した学問です。
現在では、あらゆる産業で化学工学の知識がベースとなり設計されています。
例えば、魚類の養殖場では水温調整のために熱交換器が使われています。
配管で水を流す、温度を調節する、廃熱を活用するといった操作は全て化学工学をベースに考えられます。
キーワードは「単位操作」
化学工学を理解する上で重要なキーワードが「単位操作」です。
単位操作とは、例えば蒸留や濾過、抽出など化学プロセスを構成する基本的な操作単位を指します。
プラント設計は、これら単位操作に関連した機器を適切に配置し、配管で繋げることが基本です。
反応工程・前工程・後工程
化学プロセスを単純なモデルに置き換えると、反応工程を基準として前工程と後工程を考えられます。
前工程では「原料の調製(準備)」を、後工程では「分離・精製」を主に行います。
実施する反応を考慮して、前後工程に適切な単位操作を選択し、適切な順序で割り当てます。
化学工学の主な要素
単位操作の他にも、化学工学の主な要素として以下が挙げられます。
- 反応工学:化学反応の設計と制御
- プロセス設計:全体の製造プロセスの設計
- 物質収支とエネルギー収支:成分や熱の流れの理解
- 制御工学:プロセスの自動化と運転条件の制御
- プロセス運転:運転や品質の管理、安全設計
物性の情報が必要
物質の物性に関する情報は、プロセス設計や装置の選定に不可欠です。
正確な物性データに基づいて計算を行うことで、安全で効率的なプロセスが実現します。
例えば以下のような物性があります。
- 温度変化が関わる場合:沸点、融点、潜熱、比熱、熱伝導度、蒸気圧
- 流体の流れが関わる場合:密度、粘度
- 複数の状態が関わる場合:平衡定数、溶解度、拡散係数
具体的な数値は、例えば化学工学便覧のような書籍に載っています。
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書籍にも載っていない化合物の物性では、物性定数推算法のような書籍から計算して求めます。
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単位操作:流体操作
単位操作のうち、まずは流体操作を紹介します。
流体力学が軸の知識となります。
流動
流動は、流体(液体や気体)の流れを制御・利用する操作です。
プラントでは液体や気体といった流体を扱うことが多く、移送にはポンプやブロワが動力となり配管を通して送ります。
例えば配管設計においては、目的の流量や圧力に対して配管径を決める、ポンプを選定するといった場面で活用します。
単位ユニット同士をつなぐ役割があり、配管内の流れやポンプの選定など、適切な流動設計はプロセス全体の効率に影響します。
配管だけでなく、熱交換器や充填塔、濾過器など単位操作で使用する個別の機器に関する流れも考えます。
装置構造の複雑さが流れの妨げ(圧力損失)に繋がり、プロセス全体のエネルギーロスに繋がります。
他にも蒸留塔や濾過器は、流れの状態が悪いと蒸留性能や濾過性能に直接影響します。
撹拌
タンクの中で液体をかき混ぜることを「撹拌(かくはん)」と言います。
実際の撹拌のイメージは動画で確認ください。
撹拌操作は流動の発展系と考えることもでき、あらゆる処理ができる汎用性があります。
- 混合:複数の液体や固体を混ぜ合わせる
- 分散:液体中に固体や気体、二層液体を分散させる
- 物質移動:ある相から別の相へ物質移動させる
- 反応:化学反応を行う
- 加熱冷却:タンク内の液体の温度を変化させる
つまり、適切な撹拌槽の設計や撹拌翼の選択は、あらゆるプロセスの成果に直結します。
撹拌操作は容器内で循環する流動形式であり、更に操作の目的が異なることから、配管の時とは異なる計算式が用いられます。
例えば、計算により槽形状や槽内構造、流体の流れ方、必要な動力などを考えます。
ただし基本は流動ですので、レイノルズ数や粘度のような基本的な流体の特徴を考慮することには変わりません。
単位操作:熱操作
次は熱が大きく関わる単位操作を紹介します。
熱力学が軸の知識となります。
伝熱
物体間や流体間で熱エネルギーを移動させる操作を「伝熱」と言います。
化学プロセスでは、反応に必要な熱を与えたり、逆に反応熱を除去したりするために、伝熱の知識が欠かせません。
また加熱した流体の残熱は無駄にせず別の流体の加熱に用いることで省エネにもつなげます。
産業規模の伝熱では、主に熱交換器が使用されます。
熱交換器は2種類の流体が混ざり合うことなく効率的に高温流体から低温流体へ熱を伝えます。
伝熱計算により、目的の加熱冷却に応じて熱交換器や冷熱媒体の種類を選びます。
また反対に、与える熱を無駄なく使うため、断熱の面からも伝熱計算は利用されます。
蒸留
蒸留は沸点の違いから物質を分ける操作です。
特に石油系プラントにおいて蒸留技術が発展してきました。
工業的には蒸留塔と呼ばれる大きなもので数十メートルにも上る高さの塔が用いられます。
この蒸留塔1本で、実験室で行うような蒸留を何十回も行った精製効果が得られます。
化学工学計算においては、蒸留前の流体の組成や沸点、欲しい成分などから、必要となる蒸留塔のサイズや内部構造、蒸留方式などを計算します。
蒸発
蒸発は、不揮発性物質を含む溶液から揮発性溶媒を蒸発により取り除く操作です。
濃縮の手段として使用されます。
身近な例として、海水を加熱して食塩を得る方法が蒸発です。
例えば化学製品の濃縮プロセスでは溶媒を蒸発させて取り除く操作が考えられます。
蒸発操作が進むにつれて不揮発性物質の濃度が増加することにより、沸点上昇が起きることを考慮して設計しなければなりません。
単位操作:物質移動
流体や熱の移動だけでなく、物質(成分)の移動を伴う操作もあります。
物質移動とは、特定成分だけ取り出したり、加えたりする操作です。
抽出
抽出は、特定の成分を液体へ選択的に分離する操作です。
液体から成分を取り出す場合は液液抽出、固体の場合は固液抽出とも呼びます。
固液抽出は身近な例が多く、コーヒーや紅茶を入れる、出汁を取るなどの操作は、風味や香りなどの成分を抽出しています。
工業的に抽出は2段階に分かれています。
1段階目は撹拌により2層を強制接触させた後、2段階目では静置して2層に綺麗に分離する2段階の操作です。
抽出したい成分や量から、抽出剤の量や撹拌時間、抽出回数などを計算します。
ガス吸収
ガス吸収は液体にガスを溶解させることで、気体中の成分を回収したり除去したりする技術です。
環境対策として有害ガスの除去に用いられます。
吸着、イオン交換
特定の物質を固体表面に吸着させて分離する操作を「吸着」、イオンを含む溶液から特定のイオンを選択的に分離する操作を「イオン交換」と言います。
水処理や純水製造において重要な技術です。
調湿、乾燥
気体中の水分量を調整する操作を「調湿」、固体中の水分を除去する操作を「乾燥」と言います。
乾燥操作は食品や医薬品の保存性向上に欠かせません。
膜分離
特定の大きさや性質を持つ物質のみを通す膜を用いて、混合物を分離する操作を「膜分離」と言います。
逆浸透や超ろ過などがあり、水の浄化や資源回収に役立ちます。
単位操作:粉粒体および固体処理
これまでは流体(気体や液体)を主に取り扱いました。
次は粉体や粒体、固体に関する単位操作を紹介します。
晶析
晶析は、溶液から固体結晶を析出させる操作です。
高純度の製品を得るために化学工業で広く使われています。
濾過、圧搾
濾過は、フィルターを用いて固体を捕捉する操作で、圧搾は、圧力をかけて液体と固体を分離する操作です。
濾材には砂や紙、布、膜など様々な材質のものが使用されます。
例えば反応後の副生成物が沈殿したときや白土を加えて脱色したときなどに行われます。
プロセス全体の処理速度から濾過速度や濾過面積を計算したり、粒子径から濾材の目の細かさを計算したりします。
固液分離は濾過以外にも凝集や沈降分離、浮上分離、遠心分離など様々な単位操作があります。
重力分離
重力分離では、重力や遠心力を利用して、密度の異なる物質を分離します。
遠心分離、沈降分離、浮上分離がこれに当たります。
集塵
集塵は、気体中の微粒子を除去する操作です。
フィルターや電気集塵器を使用し、大気汚染防止に貢献します。
粉粒体操作
粉砕、分級、混合など、粉粒体を扱う操作全般を粉粒体操作として紹介します。
流動性の改善や混合、造粒など、製品の品質に直結する重要な操作です。
化学反応と反応装置
反応
化学反応は物質を別の物質に変換するプロセスです。
反応速度や平衡、触媒などの知識が必要です。
目的の反応を効率的に進めるためには、反応装置を設計し、温度、圧力などを適切に制御する必要があります。
燃焼
燃料を酸素と反応させて熱エネルギーを得るプロセスです。
火力発電や内燃機関など、エネルギー生産に広く利用されています。
バイオリアクター
微生物や酵素を利用して化学反応を行う装置を「バイオリアクター」と言います。
医薬品や食品、環境浄化など、幅広い分野で利用されています。
プロセス設計と運用管理
他にも化学工学では単位操作に関連する様々な内容を学びます。
スケールアップ
新たな反応や製造方法を導入する際には実験室レベルの小さなスケールから試作します。
その結果を工業スケールで再現できるようにするのは、熱の伝わり方や撹拌しやすさなどが大きく違うため容易ではありません。
少しずつ規模を大きくし、実験データから製造条件や装置仕様を推定します。
最終的に様々な課題を把握・解決したうえで経済性を加味して商業展開することができます。
物質収支とエネルギー収支
質量保存の法則やエネルギー保存の法則に則り、プロセス全体で、投入したエネルギーが何に使われ、物質がどこに移動しているかを把握します。
その際に収支計算を行い、物質及び熱収支計算書類としてまとめられます。
プロセス設計
原料から製品まで、一連の工程を組み合わせ、安全かつ効率的な生産プロセスを設計することを「プロセス設計」と言います。
化学工学の中核をなす分野であり、高度な知識と経験が求められます。
代表的な検討項目として、間欠的に処理するバッチ式と絶えず処理する連続式の選択が挙げられます。
プロセス制御
プロセスを安定的に稼働させ、品質の安定した製品を生産するために、温度、圧力、流量などを適切に制御することを「プロセス制御」と言います。
センサー、制御システム、コントロールバルブなどを駆使して自動制御を行います。
運転と管理
設計したプロセスに基づいて、プラントを安全かつ効率的に運転し、製品の品質管理を行います。
トラブルシューティングやメンテナンス計画も含まれます。
まとめ
化学工学は、私たちの生活を支える多くの製品や技術の基盤となる学問です。
基本的な単位操作からプロセス全体の設計・管理まで、多岐にわたる知識が求められます。
初心者の方もまずは各単位操作の理解から始めてみてはいかがでしょうか。
参考資料
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