2021年5月19日、東北大学によるプレスリリースが発表されました。
なんとWi-Fiで発電ができるようになるとのこと!
東北大学電気通信研究所の深見俊輔教授、大野英男教授(現東北大学総長)らは、シンガポール国立大学のHyunsoo Yang教授のグループと共同で、電子の持つ電気的性質と磁気的性質(スピン)の同時利用に立脚するスピントロニクスの原理を活用し、Wi-Fiの2.4 GHzの周波数の電磁波を効率的に送受信する技術を開発しました。
(中略)
本技術を発展させることで、電力源としては捨てられ続けているWi-Fiの電波から効率的に電力を抽出して情報のセンシングや処理を行う、ワイヤレス・バッテリーフリーのエッジ情報端末などの実現が期待されます。
Wi-Fiの電波で発電するスピントロニクス技術を開発-東北大学
研究の詳細に関してはNature Communications(DOI:https://doi.org/10.1038/s41467-021-23181-1 )にまとめられています。
要点
- 2.4 GHzのWi-Fiを使用して発電できる素子とその接続方法を開発した
- 8個の素子で5秒間充電してLEDを1分間光らせることができた
- 更に多くの素子を繋げれば大容量の発電ができるようになる可能性
- バッテリー不要なセンサーや現場用端末へと応用が期待できる
- 今回使用された素子は不揮発性メモリにも採用されており大量製造技術が確立している
研究内容の解説
研究内容について用語の解説も挟みながら順番に嚙み砕いて解説します。
研究の背景
IoT社会ではセンサー量が爆発的に増加していきます。
今後、世の中のセンサー端末は1兆個に上ると言われています。
そこで問題になるのがセンサーの電源確保と電池交換コストです。
センサーの電源問題解決に注目されたのが2.4GHzのWi-Fiでした。
Wi-Fiの周波数2.4GHzとは
Wi-Fiルーターは多くが2.4GHzと5GHzの2種類の電波を発生させます。
この周波数は無線LANの規格でもあり、周波数帯域は使用するのに免許がいりません。
- 2.4GHz:広範囲に電波が飛び、障害物があっても回り込んで電波が伝わる
- 5GHz:高速通信が可能であるが、直進性があるため障害物に遮られる
Wi-Fiは一般的にルーターから球体状に電波が広がっていきます。
問題は、電波の飛んだ先にスマートフォンなど受信端末が無い場合、電波が捨てられることです。
この捨てられるはずのWi-Fi電波を動力源として発電を試みました。
発電のための構成要素
本研究で発電に利用されたのがスピントロニクス素子です。
ちなみにスピントロニクス素子という言葉は総称であり、実際に使われたのは磁気トンネル接合素子と呼ばれます。
詳しくは後ほど解説します。
スピントロニクスとは
電子には「電気的性質」と「磁気的性質」の2種類があります。
それぞれ電子工学(エレクトロニクス)と磁気工学の分野で別々に利用されています。
スピントロニクスでは電気・磁気の両性質を利用して新たな現象を見出す分野です。
代表的な応用例として、ハードディスク用の磁気読み出しヘッド(GMRヘッド)や不揮発性メモリMRAMが挙げられます。
発電には5つの構成要素があります。
ホーンアンテナ、磁気トンネル接合素子、コンデンサー、昇圧コンバーター、LED(1.6V発光)です。
それぞれ以下の役割があります。
構成要素
- ホーンアンテナ:1~4GHzのマイクロ波を照射する
- 磁気トンネル接合素子:マイクロ波(Wi-Fi電波)を直流電圧信号に変換する
- コンデンサー:素子にて発電された電気を一時的に充電、放電する
- DC/DC昇圧コンバーター:コンデンサーに充電しただけでは数10mV程度なので数Vまで電圧を上げる
- LED(1.6V発光):1.6V以上の電圧がかかれば点灯するライト、発電ができているか確認するために用いる
磁気トンネル接合素子の利用
今回、スピントロニクス素子のうち磁気トンネル接合素子が利用されました。
磁気トンネル接合素子とは
簡単に述べると、磁気情報を電気情報に変換することができます。
2つの磁性層で非常に薄い絶縁層を挟んだ構造をしています。
層に対して垂直に電圧をかけると、絶縁層があるにも関わらず電流が流れます(トンネル効果)。
また2つの磁性層の磁力方向が同じであるほど電気抵抗は小さくなります(トンネル磁気抵抗効果)。
磁性層の片側の磁気方向を固定し(固定層)、もう片方(自由層)の磁気方向が磁界に応じて変化するようにすれば、磁界センサーとして利用することができます。
実験に用いられた素子は、Wi-Fiのような電磁波や電流によって自由層が動くように設計されています。
自由層に存在する電子のスピンは、Wi-Fiの周波数と共鳴することで多くの電子が同じ歳差運動です。
磁気トンネル接合素子は、歳差運動に伴い交流から直流への変換機能(整流機能)が発現します。
ただしWi-Fiのような数GHzの周波数帯において、素子単体では変換出力が小さすぎます。
解決策として複数の磁気トンネル接合の利用が挙げられますが、様々な制約があり実現できていませんでした。
そのため今回、新たな磁気トンネル接合素子とその接続技術が開発されました。
新たな素子と接合技術の開発
今回の研究において重要な点は、安定状態での自由層の磁力方向です。
一般的に自由層は、層に対して垂直もしくは平行に磁力方向が発生しています。
対して今回開発された素子は自由層の磁力方向が斜めを向いています。
この構造によって微弱なWi-Fi入力から大きな電気出力を得られるようになりました。
また素子同士を1mm以下の間隔にて電気的に直列接続することで更なる発電効率アップに繋げました。

(論文より引用)
実験結果
今回の実験では素子を8つ直列接続しています。
ホーンアンテナを用いて1~4GHzの範囲でマイクロ波を照射すると、2.45GHz付近で共鳴に伴う電圧信号を確認しました。
コンデンサーはこの直流電圧信号を3~4秒かけて充電します。
マイクロ波照射を停止すると、コンデンサーから電子が放出されます。
DC/DCコンバータで昇圧し約4.1Vの電圧がLEDへかかるようになります。
4.1Vから1.6Vに電圧が落ちるまで1分、つまり充電してから1分間LEDを点灯させることができました。
更に5秒充電、30秒点灯を繰り返すこともできました。
まだLED点灯と小さな成果ではありますが、Wi-Fiでの発電に成功したことになります。
工場への応用
ここまでの内容を踏まえ、実用化された場合にどのように使われるか考えてみました。
前提条件として工場内にWi-Fi環境が整備されているものとします。
無配線センサー
ワイヤレスセンサーが普及してきていることから、センサー電源配線が不要になる効果は大きいです。
センサー自体を購入、ネットワーク設定、校正をするのみで電気工事無しで利用できるかもしれません。
有線LANにはPoEというデータ送受信+充電がケーブル一本でできる技術があります。
無線LANでも同様の技術が実用化されることが期待されます。
エッジ端末
現場で使用するタブレットをはじめとした端末の電源にWi-Fiが利用できるようになるかもしれません。
もしくはバッテリー&Wi-Fi給電のハイブリッドにより長時間充電要らずとなるかもしれません。
スマートウォッチやスマートグラスなど持ち運び性を重視する場合には有用です。
電磁リレーとの組み合わせ
DC 24V電圧で動作するコイルを用いれば今後実現の可能性があります。
例えばWi-Fiが途切れたタイミングで接点が作動するようにすればインターロックに使用できそうです。